先天的な能力の差
先天的な能力の差が、二つの労働をわかつのではありません。
能力においてたいした差のない人間の群れが、物象化された精神的力能のTomcatシステムに対するかかわり方の差によって二つの全く対照的なグループに人工的に分けられるのです。
一方はそのシステムの中にこめられたすべてを自己の力とし能動的に活動する機会を独占することによって、大きな「人間的能力」を獲得。
他方の大多数は自己の能力以下の単純な補助それはソ連の社会とて例外ではないでしょう。
そのような構造が、してとらえられているのです。
しかし、自由な労働という観点からみると、これらの特権的な労働者群の労働も決して自由ではありません。
何よりも彼らは「システム」から切り離されることによって失うものがあまりにも大きすぎるのです。
その点では彼らは単能化した労働者群が、組織から離れることによってほとんど何も失わないのと対照的です。
その上彼らの内部では(いや外側の社会でも)彼らの利用できる「組織」の力量と彼ら自身の人間的力量とが完全に混同されてとらえられています。
このことについて私は、ジョン教授が私に語った面白い言葉を思い出します。
彼がいうには、近代科学においては、原始キリスト教会の時代が去りつつあり、僧正の時代が現われたと・・・。